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30周年記念生前葬とは、

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2014年10月10日(金)19時
俺のプロレス30周年記念興行が行われる!

30年前、1984年。巷にはアイドルやビルボードチャート、
ハリウッド映画が溢れていた頃に、俺は夢を画いて新日本プロレスに入門した。

あれから30年。

ある意味、地獄の中で出逢った戦友達に参加してもらって
記念興行をヤっちゃいます☆
『地獄から来たチャンピオン』

俺の大好きな映画『天国から来たチャンピオン』にオマージュを捧げ、
新宿歌舞伎町FACE をステージにその物語に仕掛けられたスターレスラー達との試練の闘い。
覆面バンドLOS RIZLAZ の妖しいロカビリーに彩られ、
死神?清水宏に導かれる
AKIRAは魂の共演を冒険するのだった。
スーパーバイザーにはあのカムカムミニキーナの松村武が参戦ッ☆

どうだ、お暇なら来てよね♪

チケットはこのHPからもご予約出来ます!




ありがとう ミンナ!

俺達のWNCが幕をとじます。

やはり、プロレスラーは更なるハイレベルを追及して日々精進するのが喜びであり、イキガイです。

今日、その環境にそれぞれの選手が近づけたのではないかと思います。女子選手達もREINAが会社として身軽になることで選手達が潤うことが期待できますし、練習生やレギュラーではない選手もその厳しさから、自分の技量を高める事の大切さを学んだと思います。

ただ、残念なのは、今日まで残っていたミンナが最高な奴らだったこと。

あの時から、今日まで色んな想いを共にしたけれども、それもこれも全て宝物です。

ありがとう、ありがとう、ありがとう!

さ、行くぜッ、次の挑戦にッ☆

 

 

 




フィリピンで、

女子プロレス団体REINAがプロモートしたフィリピン大会

初めてフィリピンを訪れた俺は、その土地や現地の生活文化すら想像出来ないでいた。グローバル企業の大きな看板がひしめく街並みは何時でも大渋滞の車で埋め尽くされて、無茶な車線変更でわりこむ車が当たり前でも、信号の設置されて無い横断歩道を闊歩する人達は皆たくましく元気。そのフィリピンでは何よりも、そのたくましい生きるエネルギーを感じたのだった。

想えば、このフィリピンで興行を開催することでさえ行方を心配したものだが、それは日本の生活や習慣で考えてしまう失敗や責任を恐れる配慮からの心配であって、そのフィリピンで生活する人達のたくましさ、元気、ノリ、生きる感覚フィーリングの世界であれば、投げかけたアクションには素早く反応し活きる楽しみとして取り込む国民性からの当然のごとくの達成であったのだ。

言ってみれば、誰もが希望したけれど、誰もが躊躇した『コロンブスの船』に乗船した俺達。

まさに出航した。

水平線の向こうに新世界を開拓するために。

 

 

 




体の成分を分析

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四ッ谷のフィットネスジム心身健康倶楽部に体成分分析マシンが導入されました。
お馴染み体脂肪計の精度が素晴らしい奴なのですが、
面白いのが身体年令が出てしまう所ですね。
実年齢48歳の俺ですが、分析マシンでは43歳と言う評価でした。
気分的には38歳位のつもりでしたが甘かった様です。

軽くムカつき、一層本気で鍛えて行こうと新年の誓いを心に決めましたとさッ。




今年もヨロシク☆

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新年明けましておめでとうございます。でも、今日はすでに7日、
七草粥の日ですが、
実は俺、元旦早々寝込んでました。
否、正確には大晦日の夜の野外での筋トレの後に体調をくずして、
その時から布団の中で震え除夜の鐘を聞き、初夢は不条理な悪夢にうなされ、初日の出はカーテンからの明かりすら拝む事も出来ず寒さと身体の異変に怯えておりました。

そんな、新年の幕開け。
午年、48歳年男のスタート。なんなの?俺っ!
と、言うわけで体調の快復は随分前にしたものの、若干の落ち込みからようやく立ち直り、本日7日書き込みをする気分に成れたのです。

でも、要は、年末の夜走り地方興行やら、朝まで忘年会やら、何やらで毎日の睡眠不足と体力の低下。そして、バイクで寒風にさらされる日々により、知らずの内に襲われた低体温症が重なってカナリやばい状態に陥ってしまい、己の身体が異変を起こしてしまったと言う事でした。

身体を乱暴に使って好い時代はとっくに過ぎた。。。大切に使うのだ!との手痛い教訓を頂いて、
節目の年のスタートです☆

あ、そう言えば今年はプロレスラー生活30周年でも有ります。

納得の行く誠実なマンダムな生き方を心がけて行く新年の誓いです☆

今年もどうぞヨロシクお願いいたします!

位で。




人を指導する、とは?

名コーチ、或いはカリスマトレーナー等と言う敬称は昔から有る。
選手を育てる人がその様に言われるのは嬉しいものだ。

でも、ちょっと待てよ。

その昔、俺が中学生だった頃の野球部の顧問は名監督の敬称が欲しいが為に何時でも自分がカッコよく目立つ事ばかりを考えて、
それぞれの生徒達の発達や疑問、悩みにはまるでオザナリだったではないか。

今でも、トレーナーの講習会等では『俺って凄いでしょ!』と言わんばかりの講師がいるのだか、指導を受ける側にはそんな自己陶酔野郎はウンザリなのだ。

来年には30年になるプロレスのキャリアの中で、人にアドバイスをする機会は多いのだが、

選手やクライアントの成長、成果はその人の努力で勝ち得たものでコーチやトレーナーがもたらすものでは無いと言うことを指導者サイドはキモニ命じなくては成らんのだ。

コーチと選手の関係が上手く行かなくなるパターンはどのスポーツでもソコの所だ。

指導者は常に縁の下に居るべきなのだ。




やっぱり人柄

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WNC 新宿FACE 大会にご来場くださったお礼がてら、役者の先輩であり筋トレ仲間の江上真悟さんを訪ねた。
そこに合流したのは文学座の新橋耐子さん。70歳を超えていても艶がありハツラツとしてカッコいい。
かなり酔われている様子が可愛らしく、ふらつく身体をシャンと支え見据える口から『大事なのは人品よ』と諭す。
江上さんも美輪明宏さんに鍛えられた経験からも『やっぱり最終的には人柄だ』と言う。
人を出し抜きのしあがる人達がもてはやされる世界に居ながらも、その持論をこの二人から聞けたことは、俺にとって慰めになり励みになった。

人生の価値観をようやく考える47歳。life is beautiful かなッ。




あの選手が若かった頃。。。

最近、若い選手達の活躍が観ていて嬉しい。会場の隅からのぞくリングでの情景は、出来不出来に係わらず選手達の情熱に心が惹きつけられる。

それは俺が歳を取った証拠なのだろう。彼らの躍動を眺めつつ時折、俺の若手時代を想いおこしたりもする。一心不乱、いや、ただがむしゃら。。。ってか、馬鹿。

そんな時代を誰もが通り過ぎるのだが、アノ人にも、いや、アノお方,アノ超ビックにも若手の頃は有ったのだ。きょうはそんな話をしょう。

その人が海外武者修行としてアメリカにいた頃。どのプロレス団体にも使ってもらえずに喰うに喰えない生活を強いられていたそうだ。

そんなある日のこと、やっと組んでもらえた興行に或る日本人のご婦人がその興行に出向き、その若いやせ細った選手と出逢ったのだった。

そのご婦人は、アメリカ人医師とご結婚をされて日本とアメリカの往復生活のなかで、当時は日本人が訪れて来る事はめったに無かった都市に滞在していた時のこと、夫の心づかいでプロレス興行に2人で観戦をしに行く事になったのだそうだ。

あまりにも痩せたその若い選手に、ご婦人は毎日のように分厚いステーキを食べさせて、ぎらぎら光る目から語る夢をダイニングテーブルで毎日聞いていたのだと、、

『ありがとう。俺がトップになったら、後楽園、国技館の最前列の席を毎回招待するからね』

やがて、その痩せた選手は実力をつけ日本に帰りスターに成りました、アントニオ猪木さんです。それから猪木さんは新日本プロレスを退くまでずっと毎回毎回チケットをそのご婦人に送り続けたのだそうです。

俺がまだ若手と呼ばれていた頃にそのご婦人とのご縁をいただき、このお話を伺いました。

 

 

 

 

 

 







アメブロをチェックされている350人の方々の為に、

AKIRA(野上彰) 公式ブログ

パソコンに写真を送ってダウンロードしてから掲載ってめんどうですなぁ。

やっぱり、スマホからやりたいのですが、なぜかスマホからログインできないのだなぁ。

それでも、毎日ご覧になられている方の為にFACE BOOKをお勧めします、

Akira Nogamiで検索してみて下さい。

でも、こちらも更新します。たまに。

で、

先ほど、『桂三四郎 独演会』に行ってまいりました☆

10年くらい前に落語にハマッタ時は有りましたが、

縁があって、また、久しぶりにハマリました。

三四郎さんのネタは現代風で、

とにかく、この人これから凄いぞ!って感じです。

取り急ぎ、ご報告まで。